手に入らないなら、最初から知らなければ良かった。けれどもそれは必然で、俺にはどうしようもなかったのだ。中途半端な幸せなんか、いらない。欲しくない。貴方を知らない俺に、戻りたい。そう願うのだ。願うのだけれど。

「おいで、隼人」

優しい体温が、そっと俺を包み込む。その優しさは心地良く、けれども、
とても悲しいものだ。俺の母親が死んでからすぐに、10歳年上の母親が出来た。母親と言うよりは姉に近い存在で、実際父親とは20歳以上離れていた。彼女はまだ、あどけない少女だったのだ。そしてあまりにも、美しかった。元々家にもあまり帰らない父親は、妻にした彼女を放っておく事が多く、いつしか彼女は俺に父親を重ねるようになった。悲劇の、始まり。涙が出るのを堪えながら、それでも寂しそうな彼女を放ってはおけない自分に、嫌気がさしていた。出会った時から、今までずっと。このままじゃ、2人共、駄目になると思った。

さん」

疲れて寝てしまったのか、返事はない。その寝顔すら、まるで宝石のようだ、と思う。きらきらと光っている。貴方はずっと昔から、光ったままだ。俺の小さな手では、救えない。守れないんだ。だから俺は、

「気付いてますよね?俺ら、このままじゃ自滅です。俺はそんなの、嫌だ」
「・・・もう一緒には、居てくれないの」
「起きてたんですか」
「隼人、家を出て行くんでしょう」
「はい。ずっと前から、決めてた事なんです」
「貴方もお父様と一緒ね。さすが親子だわ。そうやって私から離れていく」

溢れる。色々な感情だとか、そういうものが、溢れていく。零れるんです。困るんです。だから俺は置いていく。ここに全て置いて行くのです。貴方への想いも、なにもかも。

「・・・さようなら、お母さん」

ふかぶかと、頭を下げて部屋を出ようとした時、ベットから小さな嗚咽が聞こえた。でも俺は、迷わずドアノブに手を伸ばした。もう、後ろは振り返らない。これは俺の勝手な夢、いや、夢なんて格好良いものじゃないけれど。もし俺が立派なマフィアになったら、貴方を包み込めるような人間になれたなら、その時は、貴方を迎えに来ようと思うのです。母親としてではなく、愛する人として。


けれどはっきりそう言えなかったのは、

溢れ出した弱さ
いつか
さよなら知るまで