家族というのは一種の神話系なのかしら、などと私は考えていた。根拠はない。だが、ローマだってギリシャだって、普遍的に有名な神々は皆家族だ。だから生々しくて親近感が湧くという設定なんだろうが、私はそんなところに原因を求めてみた。日本にだって八百万の神様がいるわけだ。その内ひとりくらい、家族にいたっておかしくない。クラスに二人はいる計算なのだ。
で、私のおかしいところはそれを綱吉に求めてしまっているところである。
「お兄ちゃん、入るよ」
礼儀正しい私は綱吉の部屋に上がる時にわざわざ声をかける。二つ上の兄は今や高二である。黙って部屋にいる時に何をやっているのか、問うのは野暮というものだろう。ちなみに綱吉に彼女がいる気配はない。可哀相に。
「……ああ」
一拍遅れて返事が聞こえた。私はドアを開ける。汚い部屋だ。正直、足の踏み場がない。しかも綱吉は床に半分寝そべっていた。私はどうやって部屋に入ったらよいものかしばし考え、最適なルートをひとつ発見し、そこを辿ることにした。
「漫画貸して」
「どーぞ」
綱吉はそっけなく答え、目線を再び下に落とす。何を読んでいるかは知らないが、どうせ漫画だろう。兄が勉強している姿なんて見たことがない。
私はどうにか本棚に辿り着き、目当ての漫画を数冊ずつ取り出した。ぐちゃぐちゃに入っているせいで分かりにくい。掃除しないからだ、とは思うが、綱吉の部屋など私が掃除する義理は一切ない。放っておく。
ふと、本棚の上に、この部屋に似つかわしくないハードカバーの本が置いてあった。
「ギリシアの神々」
タイトルを読んでみる。抱えた漫画を下に置き、ハードカバーを手に取った。ページ数がある。字が細かい。時たま図と、表と、挿絵のようなものがある。
「お兄ちゃん」
「なに」
「この本、どうしたの?」
「借りた」
「読むの?」
「これから」
綱吉の返答は短い。顔は上げないままだ。ペラペラ、ページをめくる音が響く。
私は綱吉をじっと見る。兄は全体的に色素が薄い。アルビノとまではいかないが、目も髪も茶色だ。肌も白い。この辺は、間違いなく母からの遺伝だろう。これが将来、父みたいながっしりした男になるのかと思うとびっくりする。
私のことを思う。私は、ひとりだけ髪が真っ黒なのだ。目も黒い。肌は日焼け止めのお陰で何とかしているけど、家族で写真を撮ると、そこだけ異次元なのである。私、本当に沢田の家族なのか?とも思ってしまう。空しい問答なので最近は考えていない。
更に見続ける。よくよく見れば、兄は中々に美人、と思えなくもない。黙ったまま下を向き、口を閉じて目は半眼。読書中の昼下がり。条件がこれくらい整っているなら、綱吉は、まあ、格好いいかもしれない。神様の家族。その一形態。具象化している幻想。神の部分。ああ嫌だ嫌だ。本のタイトルに「神」なんてあるから、変なことを考えてしまう。
「」
唐突に、綱吉は私の名前を読んだ。私は驚いて、分厚いあの本を落としそうになってしまう。どうにかこらえて、元の場所に置く。
「漫画見付かったんなら、とっとと持って、出てく」
綱吉は下を見たままそう言う。全く、妹だからと命令しやがって。同じ態度を学校の人間にもとってみろ。と思うけど私はぐっとこらえて、漫画を持ち上げた。
行きと同じ道を辿り、塞がった手でどうにかドアを開閉した。自分の部屋に入り、ベッドの上に漫画を放る。そのままダイブした。あ、眠い。
綱吉が神だったら、どうだと言うのだ?私は神の所有物を好き勝手いじり、出ていけと命令された。神話の世界なら相当に重い罰が下ってもいいような状況である。ただ、罰が下ったことなど今までに一度もない。綱吉はよく見れば綺麗だけど、それ以外は大したこともない、普通の人間なのだ。私の兄でもある。兄だけが、特別な人間であってたまるか。
私は枕を握り締める。目の前に、綱吉から借りた漫画が転がっている。読むのが急に面倒くさくなった気がして、私は目を閉じた。神話の話なんて考えるから、眠くなるんだ。これも兄のせいだ。酷い目に遭え。





2007:10:8
素敵な企画ありがとうございました!