脳裏にの姿が刺さって、消えない。グサリ、ぐ、ぐぐ、ぐ。ドリルのように、まぁるい穴に釘をはめるようにぐりぐり僕の頭の中に入ってくる。の目は透き通っていて 鯉でも泳いでいそう、でもだからといってキラキラしているわけでもなくて視線が鋭いわけでもなくて、はっきり言えば死んでるみたいな目。深海の暗さと深さと美しさを混ぜ 合わせたみたいな透き通った目。僕はその目に吸い込まれた。でも、の姿はどこか悲しげで胸を締め付けるみたいだった。無表情で必要なこと以外は話さない。 それでも、僕はを好きになった。朝も、昼も、夜も、寝ても覚めてもだった。どうしてこんなにの事ばかり頭に浮かぶのか分からなかった。僕は、自分が の事を好きだって分かてた、自覚してた。でも、異常なほどに頭に浮かぶ。それは、まるで戦国の武士達が流れ矢に当たってそのままのように、ね。 「ただいま。」 「おかえり。」 「今日は何かあった?」 「なにも。」 「そっか。」 いつだって返事はそっけない。僕が、好きだと行ったらはコクンとうなずいて「貴方ならいい。」といった。大学が一緒なわけで近くの狭いアパートを借りて二人で 暮らし始めたんだ。そっけないけど、料理も上手だし綺麗好きで少し薄汚いアパートなのに綺麗に見える。家事全般はしっかり出来るようだった。しかし、僕はに 僕がどこにいたとか、何がすきかとかいろいろ話したけど自身のことは何ひとつとして話してくれなかった。でも、僕はそれを特に何も気にしなかった。別に、 話してくれなくともコレといって困ることもないのだ。ただ、自分が気になるだけのことであって。はいつも狭いアパートの六畳ほどの畳の部屋の窓際にクッション を抱えながら座って外を眺めていた。ベランダとは言いがたい外の柵のところにいつの間にか観賞用の緑の葉っぱが飾られていた。僕は、に問う。 「、あの植物どうしたの?」 「買ったの。」 「・・・。いい葉だね。」 「うん。」 ・・・・。なんともいえないなぁ。でも、ちょっと嬉しそうだ。緑を見るときのは少し目がキラキラしていた。とても。その夜僕はお風呂から出てビールを開けながら 僕らの唯一の一部屋六畳の畳の部屋へ入って腰を下ろしてテレビをつけた。がやがやと沢山の芸能人の笑い声と沢山の映像が入り混じっていた。にぎやかだな。 は夜になってもずっと窓際にいて、窓も開けっ放しでずっと深い緑の葉を見ていた。僕はの顔をみて、どきっとした。初めてみる表情。やわらかい笑顔と 優しい目と綿毛を触るような手。まるで、その葉を慈しむように、悲しいほどに優しく見つめていた、触れていた。思わず涙が出そうになった。その光景があまりにも 今の社会の汚さに相反して美しすぎて綺麗過ぎるために。僕はその光景を崩さないためにすぐに目をそらす。くだらないバラエティ番組を見て一気にビールを飲み干した。 部屋を出て台所でビールの空き缶を濯ぐ。なんだか僕は最低な人間なんじゃないかって思った。理由はないけど。カタっと音がしてが僕を見た。 「どうしたの?」 「もう、寝る。」 「わかった。先に寝てていいよ。」 「うん、わかった。」 「おやすみ、。」 「おやすみなさい。」 はすぐに布団の中へ身をうずめてスゥスゥと眠り始めた。僕も後を追うように眠りについた。でも、次の日目を覚ますと君は消えていた。の荷物もすべて消えていた。 ただ残されていたのはが大事そうに見つめていた葉だけだった。数日たったある日、ポストに一枚の手紙が入っていた。差出人は不明だがからだとすぐに分かった。 僕は急いで部屋の鍵を開け、靴もそろえず、荷物は適当にそこら辺に放り投げて手紙を丁寧に開ける。手に汗が滲む、額に汗が滲む、振るえる。でも、あまりにその手紙は 質素なものだった。白い紙にシャープペンシルで小さく『都会の空は嫌いです。ひばりは好きだけど私に都会は窮屈すぎて苦しい。いきなり、ごめんなさい。』と書いてあった。 僕は、その手紙をみて、まだ君が近くにいるんじゃないかと思った。それから、紙のずっと下のほうに小さく『私は何もいえなかったけどひばりの事本当に好きでした。』と 書いてあった。涙が出てきた。それはどんどんからの手紙に染み込んでいった。じわり、じわりと紙に水滴がしみていくと同時に僕は声を出さずに泣いた。僕は、愚かだった。 もう一度、やり直したいと思った。こんな都心のど真ん中じゃなくてもっと緑のある、ここよりましな所を選べばよかった。僕らの付き合いはあまりにも素朴すぎた。 もっと、好きと言えば良かった、もっとに緑をあげればよかった。僕はを苦しめるだけだった、自分が満たされていただけで。例えば金魚の水槽の酸素ボンベ をとりはらいそのまま窒息死させるかのごとく。もう一度僕をその死んだような優しい目で見つめてはくれないだろうか。 さらば、やさしすぎる心 うすいなぁ。 倖 燗拿 20070518 |