「今日、お母さん達いないんだって」 は頬を膨らませて僕の隣に座ると、手にしていた書類を取り上げた。今度は僕が怪訝そうに彼女を見る番だった。そうしてやると、彼女は勝ったというように小さく笑う。いつまでたっても子供みたいな子だ。仕方なく仕事から手を離し、ソファーの背に体を預ける。 「…だから何だい」 「夕飯。どっちが作ろうか」 は身を乗り出してそう尋ねてきた。両親が仕事の日は、交代で夕飯を作ることになっている。この間は僕の番だったから、今日は間違いなく君のはずなんだけれど。そう言ったら、彼女は変に赤くなって弁解した。どうやら彼女が個人的に、二人で一緒に作りたいらしい。僕は別にそれでもいいと告げると、 は胸を撫で下ろす。…僕と同じく、一匹狼に近い彼女が人を頼るなんて、どういう風の吹き回しなんだか。胸中で、小さく首を傾げた。 「カレーでいいよね」 「何、手伝えって言っておいて自分の好物優先にするの」 「だって恭弥の好みに合わせると面倒だし。ハンバーグでしょ?作れないよあたし」 あれ、いつの間にこのこ、恭弥って呼ぶようになったんだろう。ついこの間までは、お兄ちゃんおにいちゃんって煩かったのに。そう思っているうちに、 は勝手に話を進めていたようで、結局カレーで晩飯が決定した。彼女は簡素なもので食事を終わらせる癖があるから、(両親もいなくて僕も風紀委員の残業でいなかった時なんて、食事全てがカップラーメンだった)サラダだけは作ろうと思う。勿論、二人分。…僕が。 「恭弥、昔から変わらないよね。ハンバーグ好き」 「いけないことかい」 「別に。…ううん、ちょっとやだ」 あ、何か頭にガーンッて来た。僅かに心を痛めた僕を気にすることなく、更に追い討ちをかけるように彼女はペラペラと喋る。 「ものすごいギャップだと思わない?こーんなかっこよくてクールで並盛最強風紀委員長の好みがハンバーグだよ?…無いわ」 無いわ、って。顔には出さないけど相当傷つくね、君に言われると。柄にも無く、思わず反論する。 「君だって、寿司ネタ玉子とマグロしか食べないじゃないか」 「それはいいの!他のやつ食べれないんだから」 「好き嫌い言わない。おまけに、ケーキ屋に行ってもチョコケーキかショートケーキしか頼まないだろう」 「…う、」 要するにまだまだ子供っていうことだ、僕達。涙眼になりかけてきた にクスリと笑いかけて、頭をぐりぐり撫でてやった。頬に手を添える。また彼女の頬が赤くなる。照れてる、のかな。可愛い。シスコンって言うの、これ。そう言われたことないから、どういうものか知らないけど。 「…まあ、僕は好きだよ。君のそういうとこ」 不意に口から滑った言葉だった。この状況で言うのはマズかったかな、とわけの分からない思考が前面に出てきたけれど、口にしてしまった以上もう遅い。無視されるだろうと思っていたそれに、彼女は異様に反応して口をぱくぱくさせて、…ぺちん、と情けない音を出して、僕の頬を叩いた。あまりに突然のことに驚いていた僕を上目で睨むと、 は逃げるように立ち上がって、扉を勢いよく開いた。 「恭弥の、ばか!」 ばかと言われた理由を聞こうとした途端、彼女は走っていってしまった。…何、僕怒られるようなことした?叩かれた頬を擦りながら、内心大パニックに陥る。不思議と腹が立ったりそういうのはなかった。本当に、どうしてかわからないのだけれど。彼女の頬に触れていた手を見る。僕、どうしてあんなことやったんだろう。普段なら触れもしない彼女の温度が直に伝わっていたのだと考えると、今更ながらに恥ずかしくなる。やけに心臓が煩く高鳴っていた。そう思っていたとき、再び廊下のほうから足音がした。バタバタと走ってきたそれは真っ直ぐ応接室に入る。勿論 だ。 「あたしだって大好きなんだから、…恭弥の、そういうと、こ!」 息切れを難ともせず、彼女はそう言って笑った。人生最短の喧嘩は五分もしないうちに終わったらしい。すぐに は「帰るよ!」なんて言って背を向ける。ちらりと見えた耳は真っ赤に染まっていた。…仕方ないな。僕は鞄と学ランを手にすると、彼女の手を取った。心臓が煩かった、けれど、…嫌じゃなかった。芽生えた新しい感情に、僕はまだ、気付かなかった。 何かを求めたすこし前(伸ばした手は、きっと君の心に届かない、けれど)
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